札幌から行く 『温泉宿』

    温泉宿 「宿泊」 好きな札幌人。風呂、食事、部屋、もてなし・・・ 「湯宿をめぐる冒険記」 & 「雑多な温泉話」

    石碑
     慶応3年(1867年)江戸生まれの夏目漱石氏は、東京帝国大の学生だった1892年(明治25年)、25歳の時に、本籍地を東京から岩内へ移しました。

     その記念碑が、岩内町の住宅地に、ぽつりあります。1969年(昭和44年)建立。

     夏目氏が本籍地を移転した理由は、徴兵逃れ、という説が有力みたい。日清戦争が1894年(明治27年)に始まるなど、国内情勢の不安が高まる中、大学卒業後、戦争に行くのはイヤ?? というので、徴兵免除地域だった北海道(当時は北海道開拓の真っ最中だったため)へ、本籍地だけ移したよう。夏目氏本人は一度も住んでいないのに、戸籍上は「後志国の平民」でした。

     再び東京へ本籍地を戻したのは、岩内への転籍から22年後の1914年(大正3年)、夏目氏47歳の時です。そして、2年後の1916年(大正5年)、病に倒れ49歳で亡くなりました。

     夏目氏が徴兵され、戦争に行っていたら・・・ 命を落とし、後世に残る作品は生まれなかったでしょう。生きて帰ってきても、文学とは縁のない人生を歩んだとも考えられます。

     しかし、転籍先になぜ「岩内」をチョイスしたのか。謎は深まるばかりですね。
     
     そう言えば、岩内町は、水上勉氏の「飢餓海峡」の舞台になっていますし(朝日温泉も登場)、有島武郎氏の「生まれ出づる悩み」は、岩内の画家・木田金次郎氏が主人公です。

     この街には、文学者をひきつける大きな魅力が、あるのかも知れません。












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